2015年3月8日日曜日

常に重石をのせておき、それをおろす判断を国民の代表者がくだす

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2015年3月 8日「常に重石をのせておき、それをおろす判断を国民の代表者がくだす」

概要
力をもつ者は、それだけで権力を有しているような気がします。
腕力、知力、権力、財力、武力など力をもつ者は、それを振りかざしたくなるものだと思います。それは人間なら誰にでも見られる心理的な傾向だと思います。
ところで、国や地域が関する争いは、政治的判断と政治的交渉が不可欠だと思います。近年はその必要性が高まっていると感じます。人間の心理に、争いを激化させる傾向が見られるような気がするからです。また現在の国際社会は、対立の構図が複雑になり武力では決着が付けられなくなっていると感じます。
このところ「文官統制」「文民統制」「制服組」「背広組」などの語彙を見聞きします。ひとくくりで「制服組」「背広組」といっても、役割や職種は様々だと思いますし、厳密に言えば正確な表現ではないと思いますが、「制服組」は“役人”で、「背広組」は“軍人”という認識が出来ると思います。
「文民統制」は国民による選挙で選ばれた国民の代表者である政治家が、軍事力を持つ機関を統べる仕組みをいうのだと思います。
「文官統制」は“役人”が“軍人”を統制するということだと思います。“役人”も“軍人”も、選挙によって選ばれた国民の代表者ではないと思います。
「文民統制」と「文官統制」は、字面が似ているものの本質的に違うことだと思います。それを踏まえて、「文官統制」は“軍人”にとって一種の重石にはなると思います。

 その重石をおろす判断を、国民の代表者がくだすべきだと思います。

2015年3月7日土曜日

エネルギー資源を確保することは

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2015年3月 7日「エネルギー資源を確保することは」


概要
日本においてエネルギー資源は、もはや快適な生活を送るためのものではないと感じます。生きるために必要なものになりつつあると思います。しかし日本は、その多くを輸入に頼っています。エネルギー資源が生きるために必要となればなるほど、輸入に頼っていることが国として弱みになると思います。
戦では補給路を断つことが、定石の一つだと思います。エネルギー資源を断たれると、昔に比べて格段に大きな打撃を被ると思います。エネルギー資源を確保することは、昔に比べて格段に重要になっていると思います。
輸入の仕方を多様化することは、安定確保に繋がると思います。また原油を輸入する経路の安全確保のための行動も必要だと思います。ただそれを口実にされないように、足枷をかけておくことも必要だと思います。状況によってその足枷を外すようにしておくべきだと思います。
ここ数年、中東の政情は不安定になるばかりで、危機感は強まるばかりだと感じます。もし“大きな事態”がおきれば、世界的に原油不足が起こりかねないと思います。
 そんな世界では、自国でエネルギー資源を確保できるならそれに越したことはないと思います。長い間、日本には資源がないといわれてきましたが、近年『ないわけでない』ことがわかってきたようです。ただ問題は“コスト”だといわれます。
エネルギー資源自給率の向上は、外交状の弱みを減らすことになるといえるかもしれません。そのための“コスト”という見方も出来るかもしれません。

2015年3月6日金曜日

錯覚が生みだす仮想現実

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2015年3月 6日「錯覚が生みだす仮想現実」

概要
先日お酒が出される席で、ノンアルコールビールでも酔った人がいるという話を聞きました。一同「そんなことはないだろう」と笑っていました。皆、アルコール類を飲んでいたました。
僕もその話を笑い話の類だと思いながら、ノンアルコールビールを飲んでいました。しばらくして『なるほど。確かに酔いに近い感覚がある』と思いました。
当然ですが実際に酔っているわけではありません。少し頭がくらくらするような、酔った時に近い感覚があったのです。
10年近くビールを飲んでいない僕にとっては、ノンアルコールビールの味はビールそのもののだと感じました。脳がビールの味を感知したため、アルコールが入っているビールだという錯覚をおこし、酔った時と近い感覚になったのではないかと思います。
しかし実際にアルコールが入っているわけではありませんし、それを完全に認識した上で飲んでいるため、あくまでも“酔いに近い状態”になったのだと思います。錯覚のひとつだと思います。

 ところで少し前に見たテレビ番組で、ヘッドマウントディスプレーを用いた仮想現実を体験することを取り上げていました。

2015年3月5日木曜日

なつかしさが持つ力

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2015年3月 3日「なつかしさが持つ力」

概要
匂いは記憶に結びつきやすい感覚だと聞きます。それは実感があります。匂いには、懐かしさを感じることが多いと感じるのです。
音楽にも懐かしさを纏うがあると感じます。過去に聴いた音楽を、不意に耳にすると、『懐かしい曲だな』と感じることは誰でもあること思います。その曲を聴いていたころのことを思い出すため、“なつかしい”と感じるのだと思います。
アルツハイマー型認知症に対する音楽療法について聞いたことがあります。
認知症を患っている高齢の人に、若いころ流行った音楽を聴かせると、言動が落ち着くことがあるそうです。
また若ころ耳にしていた曲を歌ったり、カスタネットなど簡単な楽器で演奏したりすることにも効果があるそうです。協調性が生まれたり、コミュニケーションが円滑になったりしていると聞きます。
脳が委縮しているのですから、過去を正しく思い出すわけではないのかもしれませんが、音楽が記憶を呼び起こし、しかも“なつかしさ”を伴うことで心地よさを感じられ、気持が和らぐのであれば、認知症にはいい効果がありそうな気がします。


2015年3月3日火曜日

エネルギーと安全保障

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2015年3月 3日「エネルギーと安全保障」

概要
核兵器は時代遅れの兵器だと思います。現代の戦争において、もっとも実用性が低い兵器といえるような気がします。
ただ破壊力が甚大であるため、世界から核兵器をなくすことは出来ないと思います。
世の中には、時代遅れでありながら、決してなくならないものがあると思います。核兵器もその一つだと思います。
核兵器に関連する技術を保持すること、それを示すこと、そのためにも日本には原発が必要だという意見を目にしたり耳にしたりすることがあります。
しかし、日本が核兵器を保有したとしても、プラスになる要素はなにもないと思います。マイナスにしかならないと思います。政治的な視点からも、軍事的な視点からも、地政学からしても、日本にとって核兵器は有効な兵器ではないと思います。
どの国でも“原発がある”それ自体がリスクだと思います。多くの国がそのリスクを抱えつづけるのは、利点があるからだと思います。
日本もそうだと思います。しかし原発の利点は少なくなっていると思います。もとより利点はそう大きくなかったものの、人々がそれに気づいていなかったのかもしれません。
リスクがあるということは、不利な点だと思います。

2015年3月2日月曜日

自給率と安全保障

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2015年3月 2日「自給率と安全保障」

概要

兵糧攻めは昔から行われている戦法だと思います。
『食料輸出国が輸出を止めるなど、ありえない。食料を輸出して外貨を得ているのだ。それに食料輸出国が輸出を止めることは人道に反する』
 そのような意見を目にしたり、耳にしたりすることがあります。
 今まではそうだったかもしれません。しかし世界的な食糧不足ということになると、状況は変わると思います。
『自国民を飢えさせ輸出するほうが、よほど非人道的だ。今は外国に売るほど食べ物がない』など、理由が付けられると思えます。
また世界的に食料不足になっている状況では、今まで輸入していた国が輸出を止めたからといって、すぐに他の国から輸入するわけにはいかないと思います。
食料を外国からの輸入に頼っている国は、輸出を止められたら、大きな痛手を受けると思われます。 
『食料が輸入されなくなるかもしれない』そう報じられることで、パニックが起こる可能性もあります。
人々が食料を確保しようと買占めが横行し、食料がさらに不足することが予想されます。
犯罪行為や暴動などが起こる懸念もあります。食料輸入国は、輸出している国が『食料の輸出をとめること』それ自体が大きな打撃になりかねないと思います。
人口増加によって世界的な食料不足になると、食料自給率の低さは外交上の弱みになると思います。

それは安全保障上の弱みでもあると思います。

2015年3月1日日曜日

低自給リスク

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2015年3月 日「低自給リスク」

概要

政治的交渉なくして内戦の終結はないと思います。
しかし自称「ドネツク人民共和国」と、自称「ルガンスク人民共和国」を事実上牛耳っている人たちは、政治に関する能力が皆無だと感じられます。
 それは当事者能力がないということになります。能力のない人間に権力を与えたロシアの責任は重いと思います。
 ウクライナ問題では、天然ガスが政治的の道具になっていると感じます。ウクライナやEU加盟国のみならず、多くの国にとってエネルギーは不可欠なものだと思います。
だからこそ政治の道具になるのだと思います。そして時に、エネルギーのために、軍事力が働くのだと思います。そのために多くの人命が失われることがあると思います。
 ところで現代社会は、対立が激化する傾向があるように思います。妥協や譲歩せず、容赦や容認せず、対立心を激化させる、そんな心理傾向が強まっていると感じます。
それは人道など、かなぐり捨ててしまいやすいということになりそうな気がします。大規模な市民の犠牲もいとわずエネルギー供給を停止する、そんなことも起こり得るような気がします。

 人口増による世界的食糧不足が起きると、人道的見地など顧みずに食料の輸出を止めるということも起こり得るような気がします。