2016年5月23日月曜日

シリアに対してアメリカが出来たこと。出来なかったこと。やるべきだったこと。やるべきではなかったこと。

 俗にいうアラブの春の動きに乗ってシリアで民主化運動が激化し、それをアサド政権が武力をもって徹底的に弾圧したことで、内戦状態になってしまったのだと思います。
 アサド政権は民主化運動に対して一切の妥協を示そうとしなかったのは、民主化運動がおこった他の中東諸国との違いだと感じます。
 反体制勢力も、せっかく独裁体制に反する動きが高まったのですから、武力で弾圧されたとしても引くわけにはいかないという考えが強まったように思います。
 民主化デモに参加した民衆も、当初はそうだったのかもしれません。民衆のなかには、アサド大統領が一ミリたりとも引く気がないことを知って、引き下がった人もいたのではないかと思います。

 民衆の中の引き下がりたくない人たちの中には、反体制派に加わって武力で対抗する道を選んだ人もいるのだろうと思います。
“せっかく民主化の機運が盛り上がったのだ。この機を逃しては、アサドの独裁がつづいてしまう”
“武力で民主化運動が抑え込まれてしまったら、今後アサドはより強権的になってしまう”
“どんなに犠牲者がでたとしても、今やめるわけにはいかない”
“多くの犠牲者を出したのに、独裁政治が強まってしまったのではみな無駄死になってしまう”

 アサド政権が民主化運動に対して問答無用で武力を行使したころ、アメリカでは“アメリカの軍事力でアサド政権を倒すべき”という主張が少なくなかったと思います。
 ただそれは大衆的な意見だと思います。
現状を冷静に分析し、先々を見据えたというよりも、“悪者を力でやっつけろ”という政治観や怒りなどの感情が思考を主導した意見だと思います。
現実として、もしアメリカが軍事力でアサド政権をアメリカが倒していたら、間違いなく泥沼化していたと思います。
内戦も泥沼化した状況だと思いますが、アメリカが軍事力をふるっていたら、事態はより複雑になったことは確かだと思います。
アサド大統領に代わりうる政治勢力がない状況で政権を倒し、アメリカ寄りの政治勢力をアメリカが主導して作ることが出来ただろうか、それを考えると相当に難しかっただろうと思います。

アサド政権が武力を使ったとなると、反体制勢力が複数あったままでは現政権に対抗できない、まして打倒することなど出来るはずがない、ということは明白だったと思います。
それでも反体制勢力はまとまることはなく、むしろ互いを攻撃しあっているように見えます。
それは反体制勢力の対立がいかに深刻で根深いものであるかを表していると思います。“アサドを倒す”それでは団結できないほどに、強く対立しているのだろうと思います。

それではアメリカが主導して、安定した政権が作ることはまさに至難だと思います。それならは、アメリカとしては軍事介入せずに、アサド政権に代わりうる政治勢力を作ろうと考えるは、至極まっとうなやり方だと思います。 
しかし軍事的にも政治的にも、思惑通りにはいかなかったように見えます。実態を把握できなかったため。アメリカは何をするべきか、それすらわからない状況で、手探りで軍事指導として、アサドに代わる政治勢力を作ろうとしていたように見えます。
難しい状況だったと思いますが、実際にうまくいかなかったと思います。

 シリアが内戦状態になった時点で、国際社会は内戦を終わらせようと働きかけることが必要だったと思います。血が流れる戦闘行為を終わらせようとすることが必要だったと思います。
 アサド政権に代わり得る政治勢力がないとなると、内戦を終わらせるにはアサド政権を存続させるしかなかったと思います。
 それは現状でもいえることだと思います。そのため今では“アサド存続もやむなし”という意見が大きくなっていると感じます。
 結局、多くの血が流れたあとで、結局アサドを存続させるのならば、内戦が勃発した早い段階で行っていれば、犠牲者は少なかったと思います。

 内戦が続いたことでアサド政権が弱体化したことは確かだと思います。それは今後、民主化を進めるには少しは利点となるかもしれません。
 もっと早い時点でアサド政権を存続させて内戦を終わらせていたら、アサド大統領はさらに強権的になった可能性はあると思います。
 弱くなった政権基盤を立て直そうという考えと、今後反対勢力が武力をもって体制転覆を目論むことのないように徹底的な締め付けを行ったかもしれません。

 ただシリア内戦はイスラム国が台頭した要因の一つだと思います。早い段階でアサド政権が存続する形でシリア内戦が終わっていたら、イスラム国のあり方も随分とちがっていたような気がします。
 それにイスラム国の台頭は、ロシアに軍事介入する理由を与える形になったと思います。
 内戦によってアサド政権が弱体化したと思いますが、それはロシアの存在感を強めることにもなったと思います。
 シリアでは、かねてから現政権を支援することのほうが、反体制勢力を支援するより、やりやすかったと思います。
 それが内戦によって政権基盤が弱くなったとなると、さらに体制を支援しやすくなったと思います。ロシアは軍事介入することで、アサド政権に対して存在感を増したと思います。
 アメリカは、せめてロシア軍がシリアで空爆を始める前に、アサド政権を存続させることで内戦を収めるべきだったと思います。
 そして内戦によって弱くなった現体制に代わりうる勢力を作ることが必要だったと思います。ただ反体制派の組織化や統合が難しいことは、仮に内戦が終わっても難しいと思います。現体制が維持されれば、テロリストとなる反体制勢力が多いと思います。
 ただそれは、早い段階で内戦を終わらせても、これから内戦を終わらせても、見られることだと思います。

シリアの内戦は防ぎようがなかったといえるかもしれません。アラブの春がもたらした“大きなマイナス”だと思います。
それにしてもシリアの内戦は泥沼化したと思います。そうなってしまっては、“よそ者”がちょっかいをだすと、おさまりが付かなくなるような気がします。
現政権と反体制勢力のなかで、“いいかげん戦闘をやめるべきだ”という雰囲気が強まらなければ、よそ者が力づくで終わらせることは難しいと思います。
 戦っている連中のなかで“戦闘をやめたい”という意識が広がったときに、手を貸すのが“よそ者”のやるべきことだという気がします。

 

2016年5月4日水曜日

トランプ大統領

アメリカ合衆国の大統領は強い権限を有していると聞きます。世界一の大国のリーダーが強い権限を持っているとなると、“誰がその任に着くか”ということはアメリカだけでなく世界的にみてもとても重要なことだと思います。

過去を振り返ってみても、アメリカの大統領は何人も世界の歴史に名前が刻まれていると感じます。
自国以外の国の、過去のリーダーの名前を上げようとしても、アメリカ以外の国のリーダーの名はそれほど多くは思い出せません。
ソ連やロシア、中国など、何人はすぐに名前が出ますが、西欧の国のリーダーとなると、現役だったころは知っていた名前も、退いた後はなかなか思い出せないことが多いのです。

 その点、アメリカの大統領は何人かの名前が思い出せるのです。それは学校の歴史や社会の授業で習っていることや、情報番組、歴史を扱ったテレビ番組などで見聞きする機会が多いなどのことから、記憶や印象に残っているのだと思います。

 これらのことからも、アメリカ大統領は世界的に存在感があり、その選挙は世界中が関心をよせているように見えます。
 数か月前から、アメリカ大統領選挙に関する報道を見聞きする機会が相当に増えた感があります。その要因として最も大きいのは、今回の選挙には、まさに“台風の目”といえる存在がいることだと感じます。
 ドナルド・トランプ氏です。過激な発言内容と、それを発する態度などが、候補者の中でも際立って目立っているように思います。
 極端で過激な主張は、熱狂的な支持者を集めるとともに、反対意見を持つ者たちも少なくないようです。そして双方が強硬的になっていると聞きます。
 支持者も反対派もデモを行い、それが暴力沙汰になることもしばしば起きているようです。

トランプ氏はまだ政策をほとんど述べていないと感じます。イメージというか方向性を発信しているということです。
 ただイスラム教徒の入国を禁止、あるいは制限するとか、メキシコ国境に壁をつくってその費用を負担させるということは、“やること”を明確に言っていると思います。
 しかしそれをどうやって実現させるのか、実現させるには大統領として何をするのか、そのようなことは今のところ発言していないようです。
 そのため、政治経験がなく政策に対する見識が低い、という趣旨の批判はアメリカ国内外でたびたび発せられていると聞きます。

 ただここにきてトランプ氏の言動が落ち着いてきたという声も聞こえてきます。
 世界一の大国の大統領ですから、ふさわしい立ち居振る舞いがあると思います。それは大統領選では毎回取り上げられていると思います。
 ここまでのトランプ氏の言動は、とてもアメリカ合衆国大統領としてふさわしいものではなかったと思います。
 それはアメリカでも多くの政治家、有識者、マスコミなどが言っているようです。
 そして「トランプ氏はイメージチェンジを図ろうとしている」という見方もあるようです。
 実際トランプ氏は少し前から「大統領になれば、ふさわしくふるまうことはできる」という趣旨の発言をしていると思います。
 つまり選挙期間中は、大統領になるために俗にいう“パフォーマンス”が必要で、晴れて大統領になれば“パフォーマンス”のない言動をするつもりであり、それが出来るのだといいたいのだろうと感じます。

 実際トランプ氏が大統領になればそうなるだろうと思います。というか、そうならざるを得ないように思えます。つまりトランプ氏が大統領になれば、選挙期間中のような言動を目にする機会はだいぶ減ると思います。
 ただもしそうなると、支持が急落する可能性があると思います。
 選挙中の支持が熱狂的であるほど、当選後の冷め方が大きくなるものだと思います。
 熱狂的支持には“大きな期待”が含まれているものだと思います。しかし大きいがゆえに実現することは難しいことも多いと思います。
 今のところトランプ氏の支持者のなかでも、本当にメキシコに費用を負担させて国境に壁を作ることが出来るなどと、本気で考えている人はそう多くないと思います。
 ただトランプ氏が大統領になった後、他国に対する強硬的な姿勢が弱まったとみえると、支持者は急速に離れていく可能性は、決して低くないと思います。
 
オバマ大統領も、選挙中には大きな期待を抱いていた有権者や、熱狂的な支持者が少なくなかったと思います。
それは大きすぎる期待は実現されず、熱狂は必ず冷めるものだと思います。
そのためオバマ大統領のイメージが、実績を過小評価させる傾向があると感じます。
トランプ氏が大統領になった場合、大きすぎる期待による失望と、熱狂の冷め方は、オバマ大統領よりも大きくなることが予想されます。

 しかし現在トランプ氏が発言しているような外交を、大統領に就任した後で実践することも相当に難しいと思います。
 外交に限ったことではありませんが、アメリカ合衆国の政治が議会制民主主義であるからには、いくら大統領の権限が強くても、やりたい放題になんでもできるわけではないと思います。
 大統領の権限を振りかざして好き勝手に政権運営することは、現実では相当に難しいと思います。
 ましてトランプ氏は外交に関して見識が不十分で、政治経験がないのですからなおさらです。

 こうしてみると、クリントン氏の支持は熱狂的という印象がトランプ氏ほど強くないと感じます。
トランプ氏が目立つために、クリントン氏の支持が地味な印象を受け、そのイメージが支持を低くすることもあり得ると思います。
ただクリントン氏の場合、有権者の期待が、現実的ではないほど大きくなる、そのようなことは起こりにくいと思います。
それは当選後、“大きすぎた機体に対する大きな失望”も抱かれにくいということになると思います。
 またクリントン氏の場合、支持者が熱狂的になることはそれほど多くないと思います。
 それは当選後、“熱狂が急速に冷める”ということのなりにくいと思います。
 またクリントン氏は、政治経験は十分にあると思います。
 
 よく言われることですが、やはりクリントン氏の安定感は、このところのアメリカ大統領選でもまれに見るほどだと感じます。
 だからこそ“飽きられている”とか“面白みがない”という見方があるのだと思います。
 ただ“稀に見るほど安定した候補者”が、“飽きられている”とか“面白みがない”という理由で大統領になれないとすれば、これからアメリカ大統領に求められるのは“大

統領としての資質“や”政治家としての能力“ではなく、”個性的なキャラクター“とか”盛り上げる要素“ばかりになってしまいそうな気がします。