2014年4月4日金曜日

腹をくくって


“何事も早め早めに対応する”

個人的にそのように心掛けています。しかし実践しているかというと、随分あやしいと言わざるを得ません。実践していることは、相当に稀だと思います。

 それも『今のうちにやっておかなければ』とか『切羽詰ってから慌ててやっても、なにもいいことはない』など、数え切れないほど頭をよぎっているにも関わらず、先送り出来るものならば、出来る限り先送りしている、そんなことばかりを繰り返しているような気がします。

 

そして後で、『こうなることはわかりきっていたのに、何で早く手を打たなかったんだ』とか『いつも先延ばしにして、結局後で散々後悔するじゃないか』とか『何回も後悔しているのに、どうして懲りないんだ』などと、本当に散々後悔するのです。

実際、あとで苦労することが目に見えている状況では、手を打つのは早ければ早いに越したことはない場合が多いと思います。

頭ではそれがわかっていながら、また気持ちも相当に焦りながら、それでもずるずると後回しにしてしまうことが多いのです。

そして、後で散々苦労し、散々後悔し『これからは心を改めるぞ』と誓うものの、その誓いが守られることはなく、結局また同じ苦労と後悔を繰り返えすばかりです。

 

“消費税は増税しなければならない”

“消費税をあげる必要はない”

前者の意見が多いような印象があります。

ただ実施する時期となると、以前から意見がわかれているように見られます。様々な意見があったものの、4月1日から消費税の税率が上がりました。

さらに10%に引き上げることが議会では決まっていると思いますが、本当に実施されるかまだ確定ではないようです。

これからの景気の動きを見て、10%増税を本当に実施するのか判断されるようです。

つまり、これから8%への増税の影響を注視し、時期が適切だったのか検証してから、10%への増税が確定されるのだろうと思います。

 

個人的にいつか増税しなければならないのなら、早め早めにしたほうがいいような気がしました。

しかしすでに“早め”などとは言えない状況にも見られます。

先のことは誰にもわからないと思います。この先景気が確実によくなるという保証はなく、もしかするとさらに悪くなるかもしれません。

もしそうなった場合、先送りするほど苦しむのは国民だという気がします。

近年、切羽詰った国が苦労している様子を何度か見聞きしていているような気がします。

今のうちなら、消費税を増税することによる景気の落ち込みに対して、相当な金額を対策に充てられると思いますし、実際にそうされているように見られます。

これが先送りし続け、願ったように景気が回復せず、切羽詰ってしまってから増税したのでは、景気対策などやりようがない状況にもなり得ると思います。

ただ今回はあまりにも大盤振る舞いをしているというか、政治家に先々に対する危機意識が低くすぎると感じることは多々あります。

 

また過去を振り返ると、この国で消費税の導入や増税は政治に大きな影響を与えてきたと思います。

そう考えると、消費税の増税は支持率の低い政権が捨身で決めるようなやり方でなければ、なかなか実施出来ないような気がします。

支持率が高い政権は、それが落ちるのを嫌うものだと思います。かつて驚くほど高い支持率を長期間保っていた政権がありました。もしあの時に消費税を上げていたら、と考えることがあります。

 

消費税の税率を8%にすると確定したときにも書いたと思いますが、“議会で決まったこと”を“決定事項”として、実施に向かったほうがよかったような気がします。

『議会では決まったけどまだ決定ではない。これから“私”が決める』となると、なんとなく蒸し返しているような印象を受けます。

それに増税するならするで、早め早めに対応したほうがいいような気がします。そのためにも早めに決まっていたほうがいいような気がします。

人間は『また決まっていないんだ』と思うと、なかなか手を打つ気にならないものだと思います。

 

政治家は、消費税の増税は決定していることとして腹をくくったほうが良かったような気がします。

景気の動向をみて決めるのではなく、その時の景気の下で増税をいかに乗り越えるかという意識をもったほうが良かったような気がします。

先送りしても、それが奏功する保証はないと思います。ここまで来て「やっぱり増税やめます」となると、この次に増税することは相当に難しくなると思います。

それならば、国民が『やっぱり増税しないかも』という意識をもつことにつながるような進め方は、あまりいい政治のやり方ではないような気がします。

『決まったからには、余程のことがなければやります』と政治家が腹をくくったほうがよかったような気がします。

 ただ税に関する事柄も含めて政治の進め方の良し悪しは、後になってから語られるものだと思います。それは時が経つにつれて変わることもあると思います。また、人によって意見が分かれるものだと思います。