2014年1月11日土曜日

金遣い


 北欧の国は、税金が高くて社会保障が手厚いという印象があります。

 アメリカは、社会保障は小さいが税金が低いという印象があります。

 方向性が大きく違っているように感じますが、国民性というか考え方によるのだと思います。

 

国民みんなが高い税金を納めることで、病院や学校ではあまりお金を払わなくても済む、北欧ではそのような考え方を、多くの国民が支持しているのだと思います。

 アメリカは、出来るだけ自分のことは自分で面倒みるべきだという考え方が根付いているような感があります。

税金を高くしないから学校や病院や老後にかかるお金はそれぞれ自分で払うように、それでいいじゃないか、という考え方といえるような気がします。

 

『お金を多く持っている人は多いなりに、少ししか持っていない人は少しなりに、みんながお金を出しあって、同じように教育や医療を受けられるようにしよう』

『お金を多く持っている人は多いなりに、少ししか持っていない人は少しなりに、自分のお金は自分のために使おう。お金が少ない人のために、お金のある人は寄付をしよう』

 どちらの考え方が正しいのか、どちらの考え方がより公平なのか、その答えはないのかもしれません。

 だからどちらも受け入れられているのだろうと思います。

 

 日本に目を向けると、その中間という印象を受けます。

 税金はちょっと高めに納め、学校や病院や老後には、公的なお金と自分のお金の両方が必要といった印象があります。

 なんとなく日本人らしいというか、国民性が感じられます。どっちつかずというか、どちらにも決めかねたため、結局真ん中あたりに落ち着いたような感があるのです。

 

 ただ少子高齢化では、その考え方が通用しなくなるような気がします。

『みんなでお金を出し合って、みんなで使おう』

 少子高齢化では、お金を出せる人が少なくなり、お金を必要としている人が増えていくといえると思います。

 それでは、国に集まるお金は少なくなり、国から出すお金が増えていくということになると思います。

 

 やりくりすることが必要だと思いますが、だいぶ長い間、借金することでやってきたような気がします。

それでは借金は膨らむ一方だと思います。すでに相当膨らんでいると思います。借金を返すために借金をしているのですから、俗にいう雪だるま式になるのではないかと思います。

そうなると色々と変えなければ、やっていけなくなると思います。

 

外国のことはよくわかりませんが、日本の国民性からすると、納める税金をちょっと高くして、国からの保障をちょっと低くするという方向に思考が向かいやすいような気がします。

しかし、少子高齢化が急速に進んだことと、対応が後手にまわったことで、“ちょっとずつ”では済まないことになりかねないと感じます。

 

国にとって安定した財源が必要だと思います。

消費税は安定した税源になり得ると思います。

そうなると消費税の増税は必要だと思います。

それに社会保障制度の改革も必要だと思います。

 

ただ今の進め方では、消費税はどんどん上げていかなければならなくなるような気がします。

この国は、消費税を上げることが難しい雰囲気があると感じます。

この先、どんどん消費税が上がりかねない状況では、その雰囲気をもち続けるべきだと思います。

 

人間は、本当に切羽つまるまでなかなか行動を起こせないものだと思います。

またたとえ借金であれ、お金が入ってくると気が大きくなるものだと思います。

お金をもらえるわけではないのに、借金の審査が通ると嬉しくなるものだと思います。

借金の審査が通ったお祝いに、少し贅沢をしたくなることもあるような気がします。

 

まして借金ではなく収入が増えたとなると、浮かれてしまう人もいるのではないかと思います。

これ以上借金が膨らんでは大変なことになってしまう、だから苦労して収入を増やしたにも関わらず別のことにお金を使ってしまう人もいるような気がします。

 

また人間は、借金に慣れてしまうものだと思います。借金が増えていきながらも、それで生活が出来ると、借金をすることに抵抗がなくなってくることがあると思います。

それで借金はどんどん大きくなることがあると思います。しかしそれでも借金生活から抜け出せないこともあると思います。それは借金することが日常にように慣れてしまっているからかもしれません。

 

今の日本はそんな印象と重なるものがあるような気がします。今の日本の政治家といったほうがしっくりくるかもしれません。

どのように借金が増えたかという過去、これからどれくらいお金がいるのかという未来、今借金がどれだけあるのかという現在、なにも見えていないのかもしれません。

端から見る気がないのかもしれません。