2014年7月13日日曜日

越したことはない

 記録などを調べたわけではありませんので、あくまでも個人的な印象なのですが、ここ数年間、一年に何度か大雨による災害が起きているような気がします。
 昔というか、僕が子供のころからずっとそうだったのだろうか、と思い起こしてみると、そうではなかったような気がします。

「床上浸水」や「床下浸水」などという言葉は見聞きするものの、人的被害が報じられることのない年もあったような気がします。
 記録ではなく感覚的にそう思うのですが、近年、大雨による被害が多くなっているような気がします。
 そしてその被害が大きくなっていると感じます。
 その傾向が強まっていると感じます。
 今年も各地で大雨による深刻な被害が起きています。それによって人命が失われています。
 
 ふと思ったのですが、7月に台風が上陸することに、“特別なこと”という感覚がなくなっているような印象があります。
 かつて台風といえば、夏の終わりから秋にくるという感覚だったと感じます。
 何も調べずに、あくまでも記憶をたどっているだけですが、ほんの数年前には「この時期に台風が上陸するのはめずらしいことです」という声が聞かれていたような気がします。
 今年はそのような言葉は聞いていないと感じます。
 
先日上陸した台風は梅雨時に接近、上陸したことで、広範囲にわたって記録的な大雨に見舞われた感があります。
梅雨だけでも大雨による深刻な被害がでることがあり、台風だけでも暴風雨による大きな被害がでることがあります。
それが重なるとなると、単純に考えても被害が非常に大きく、また広くなることがあり得ると感じます。

 ここ新潟市平野部では、いままでのところ今年の梅雨は、それほど雨が多いとは感じていません。これも僕が個人的に感じているだけですが、大雨が降ることも少なく、この期間の雨量も特別に多いわけでないような印象があります。
 ただこの地域はこれから梅雨後半に雨が増えますので、まだまだ気が抜けないと思います。
 それに先日は、非常に激しい雨に見舞われました。

 沖縄に台風が接近し、警戒が呼びかけられていた日だったと思うのですが、夜半過ぎから大雨が降りだしました。
 朝になっても断続的に非常に激しい雨が降っていました。その時、僕は新潟市中央区の市街地にいたのですが、道路が何か所も冠水していました。
 その後、雨は上がり、道路の水も引きましたが、街が抱えきれないほどの大量の雨が降ったのだと感じました。
今までの大雨は、抱えきれていたのだろうという気がしました。
この先、もっと大雨が降ることがあるかもしれません。

 もう二十年以上前のことです。夏のスキー場で大雨に振られたことがあります。
 あの時、ひとつの沢から、多くの水と石が流れてきたことがあります。石はこぶし大から、スイカほどの大きさのものがあったと思います。
 その沢を跨ぐように、コンクリートの橋というか道路が付けられていたのですが、その上を水と泥と石が流れていました。
 見た目の印象は、“小さな土石流”といった感じです。

 近くには個人経営の宿泊施設や食堂などがあり、何人かが沢の様子を見ていたと思います。何十年もそこで暮らしている人からも「こんなのははじめてだ」という声が聞かれました。
 僕も見ていたのですが、少し不安もありました。
“これが本物の土石流になることがあり得るのだろうか? だとしたらこうして見ている場合ではなく逃げるべきだろう”
 あの沢は、あまり上の方までは見えなかったと思います。沢の広さなどの地形や樹木が密生していたためだったと思います。
 
 つまり、水と泥と石の流れが急に大きくなっても、その流れが近くにくるまで見えなかったのだと思います。
 土石流になったら、逃げている暇はないだろうと思った覚えがあります。 
 しかし当時は、今よりも全国的に大雨による土砂災害は少なかったような気がします。
 また地元の人でも、「初めてだ」という状況です。
“これ以上流れが大きくなるのか、それはどの程度なのか、道路がふさがれるほどか、建物に被害がでるほどなのか”
 だれも予測できなかったと思います。
 またそれだけに、監視しておくべきだという思いもあったような気がします。
 結局、山の上のほうの雨が弱まったようで、沢の水と泥と石の流れも収まりました。
 
自然災害は経験則を超えると、被害が大きくなるような気がします。
元々予測が難しいところに、経験したことがない状況では、どう行動するべきか、判断することが難しいと思います。
予測が出来ない、経験したこともない、それでは判断する基準がありません。
避難が遅れる理由の一つに“まさかこんなことになるなんて”という意識があるような気がします。
そう考えると、“空振りでも構わない。早めの避難を呼びかけるべき”という方針は正しいような気がします。

仮に“空振り”だったとしても、それは被害がなかったということですから、それに越したことはないと思います。