必要なものは手に入れなければならない。当たりまえのことだと思います。
どのようにして手に入れるか。それは“必要なもの”によって違ってくると思います。
長く使うもの、短期間だけ使うもの、どのようなものが必要なのかによって、得る方法は違うものだと思います。
また必要なものを手に入れるには、時勢や状況によってやり方は様々だと思います。
簡単に手に入るもの、誰もが持っているもの、少ししかないもの、限られた地域にしかないもの、多くの人が欲しがっているものなど、必要なものによって得る手立ては違っているものだと思います。
使うとなくなり、これから先もずっと必要になるものは、それに適したやり方で得ることが必要だと思います。
燃料や食料は、使ったり食べたりすればなくなるものです。
しかし、人間には食べ物が必要ですし、社会生活を送るにはエネルギーが必要だと思います。
しかもそれは、これから先もずっと継続して必要になります。
エネルギーは技術の進歩や社会のあり方などによって、形や種類が変わってくると思います。ただどのような形であれ、この先長い間、人間社会にとってエネルギーは必要だと思います。
また食料も、そのあり方や摂り方が変わっていくかもしれません。
ただどのように変わろうと、この先長い間、人間にとって食べ物は必要だと思います。
人間は食糧や燃料を、これから先長い間、得つづけていかなければならないと思います。
そうなると、それを見据えて、どのようなやり方で得るか考えなければならないと思います。
つまり、長い間、安定して、得ることが出来る、それに適したやり方を使うべきだと思います。
食料や燃料の消費量が急速に増え、その上昇がこれからも続くと予想される場合、確保することが大変だと思います。
人口が多く、経済が発展している国では、食料と燃料を継続して得るための道筋をつけることは、切羽詰ったことだと感じます。
そうなると、どうしてもあせってしまうものだと思います。
ただ、あせって得ようとすると、人間はどうしても強引なやり方をしてしまうものだと思います。
しかし強引なやり方は、長い間、安定して得られる方法ではないと思います。
争ってとったものは、後にまた争いが起こることがあります。
場合によって、奪い返されることもあると思います。
それは、長い間、安定して得られるとはいえないと思います。
また、強引なやり方で自分のものにしてしまったものは、のちに争いの火種になることがあると思います。
争いの原因になったり、テロの標的になったりすることがあり得るということです。
争って奪い取ること、強引に自分のものにしてしまうこと、それはこれから先も長い間、安定して得るには適した手段ではないと思います。
これから先も、長い間、安定して得つづけるには、穏便な手段が有効だと思います。
争わずに得たなら、先も争いが起こりにくく、奪い取ったのでなければ、のちに奪い返されることはおこりにくいと思います。
食料や燃料はどの国にとっても必要だと思います。
それを安定して長い間、得ていくには、分け合っていくやり方が有効だということになると思います。
大陸にある大国が、海洋権益に関して絶対に一歩も引き下がることはないという趣旨のことをいうのは、それだけ必要だからだと思います。
多くの人口を抱えて、経済を発展させていくには、海洋資源が必要だと考えられているのだと思います。しかし大陸にある国は海に面しているところは少ないものです。
そこで、強引な主張だろうが、対立を深めようが、なんとしても得ようとしているようにみられます。
ただそれは長い間、安定して得るやり方ではないと思います。
争いの原因になることや、奪い合いの憂いのないやり方のほうが、この先、長い間、安定して得つづけるには、ずっと有効だと思います。
今は急速な経済発展により、強い態度になりがちだと思いますが、強硬的な手段が有効ではないことは、今の世界の各地で見られていると思います。
今後、海洋資源が不可欠だと考えているなら、共同開発への道筋を構築するべきだと思います。
またそれは、その大国といがみ合っている国にも、いえると思います。
その国にも海洋資源は必要です。これから先、長い間、安定して得つづけていくことが望まれると思います。
それならば、早期に開発し始めたほうがいいと思います。燃料が近くで取れるなら、争いばかり起きる地域から買う量を減らすことが出来るかもしれません。
意固地になって誰もいないままにしておくくらいなら、今のうちに共同開発をしたほうが、将来のためになるような気がします。
結局、争わずに分けあうことが利益になる。それは今の世界をみれば、明らかだと思います。
しかし、人は争わなければ気が済まないように見られます。
そしてその風潮が強まっていると感じます。