2014年9月21日日曜日

時効があるわけではない

 女性にとって妊娠や出産は、とても大切なことだと思います。
それはとても個人的なことでありながら、多くの場合、社会的な事柄も色々と関わっていると思います。
 また、身体に関わることであり、精神にも関わることだと思います。
 女性にとって妊娠や出産は、とても繊細なことだと思います。
 女性に妊娠や出産の話をするときは、気配りや心配りが必要だと思います。

 子供が欲しいという気持ちがあるものの、出産、育児と仕事との両立が難しいことは明らかで、悩んでいるうちにどんどん時が流れている女性がいるかもしれません。
 子供が欲しいのに、なかなか授からず悩んでいる人がいるかもしれません。
 子供が欲しいのに、なかなか授からず不妊治療を受けるべきか悩んでいる人がいるかもしれません。
 子供が欲しいので、不妊治療を受けているものの、なかなか授からずに悩んでいる人がいるかもしれません。
 望まないのに妊娠し、何とかやっていけるだろうと出産したものの、思った以上に大変で育児を放棄寸前の状態になっている人がいるかもしれません。

 早く孫の顔がみたいと思っているものの、それを言わないように気を配っている人がいるかもしれません。
 周囲が気を使って子供の話題を避けていることがひしひしと感じられ、それがむしろ心理的圧迫感になって苦しんでいる女性がいるかもしれません。
 周囲の人は、自分たちが話題を避けていることが、むしろプレッシャーになっていることを感じ取っているものの、ではどうすればいいのかわからずに頭を悩ませているかもしれません。

 女性に対して「産めないのか」という言葉を投げつけることは、あまりにも配慮がないと思います。
 そういわれた女性が、もし身体的な理由から妊娠できなかったら、とても深く傷つくこともあると思います。
 そういわれた女性が、もし不妊治療を受けている最中だったら、とても深く傷つくこともあると思います。
 そういわれた女性が、もし社会的理由から妊娠をためらっていたら、とても腹立たしく感じることもあると思います。

東京都議会は、女性に対して「産めないのか」という言葉を発した議員を、事実上“お咎めなし”としているように見えます。
議員を特定することは不可能だとは思えないからです。最低でも一人の議員は、この野次を発したのが誰なのか確実に知っています。本人です。
その両隣に座っている議員も、知っている可能性が高いと思います。その前後の席に座っている議員も知っている可能性が高いと思います。
数名の東京都議会議員は誰が言ったのか知っている可能性が高いと思います。
それでは、誰が言ったのか特定することは不可能とは言えないと思います。
意図的に特定しないのだと思います。
 東京都議会は非難されるべきだと思います。
 今からでも、東京都都議会とそこに議席をおくすべての政党は、この言葉を発した議員を特定し、しかるべき処分をするべきだと思います。

「産めないのか」、どのような場であれ、軽々しく言っていい言葉ではないと思います。
 では「結婚したらどうだ」はどうかというと、男女に関わらず、この言葉を向けるには配慮が必要だと思います。
相手との関係や、その場の状況などを考慮した上で、使わなければならない言葉だと思います。
 そのような配慮が足りないと、性的嫌がらせになることも十分にあり得ると思います。
 しかし人と人の関係は様々ですし、会話の場は多様な状況があります。
「結婚したらどうだ」という言葉だけを取り上げて性的嫌がらせだと断定するのは、少し強引だと感じます。

 東京都議会の男女共同参画社会議員連盟の会長が、完全に私的な場では「結婚したらどうだ」と言うそうです。
 私的な場には、様々な状況があると思います。そうなると必ずしも性的嫌がらせだとはいえないような気がします。
 ただ「今回で言えば、結婚したどうだって話でしょ。僕もいいますよ。平場では」と、その前後の言葉、また後の会見などの発言、そのすべてから、この人物は野次問題を重く受け止めていないという印象を受けます。

“野次問題を軽んじており、野次を発した議員の責任を軽んじている”
それが端々といわず、言葉のすべてから発散しているように感じます。
 記者は、野次問題を軽んじているのではないかと、質すべきだったと思います。
 もし質したなら、「そんなことはない。ちゃんと重く受け止めている」と答えたかもしれません。
 そうだとしても、野次問題を軽んじていると感じられる言い方を繰り返したこと、それ自体批判されるべきだと思います。

 ただ東京都議会は、そのような人物が男女共同参画社会議員連盟会長としてふさわしいと判断したのだと思います。

 男女共同参画社会議員連盟会長は、男女は結婚するべきだという思想信条をもっており、女性の結婚を勧めるのは、生きざまという趣旨の発言をしているようです。
 また、30年前は会社員で、そのときから結婚に関する観念が変わっていないという趣旨の発言をしているようです。

 思想信条は個人の自由だと思います。そのような思想信条をもち、30年前の観念を持ちだす人物が東京都議会議員としてふさわしいのか、もし次の選挙に立候補するなら、そのときに東京都の有権者が判断するのだと思います。