2014年10月30日木曜日

接し方

 疫病が世界に与える影響には、情報が大きく関わっていると思います。
情報が少ないことで、その病気の危険性が多くの人が知らぬまま、感染が拡大してしまうことがあると思います。
どのようなことで感染するのか、多くの人が知らぬまま、病気が広がってしまうことがあると思います。

危険な病気が蔓延していることを知らなければ、注意することはないと思います。
危険な病気が蔓延していることを知ったとしても、どのようなことで感染するのか知らなければ、防ぐことは難しいと思います。

 また情報が少ないと、誤った伝聞が広がることがあると思います。
 人間は、知らない事柄に恐れを抱きやすい生き物だと思います。 
 生物にとって、危険であることを知らないことが、命に関わることである場合があると思います。
 そのため、“知らない”それ自体に恐怖心を抱く傾向があるような気がするのです。

また全く知らないわけではなく、危険だという程度のことを知りながら、詳しいことが分からないとなると、恐れる心理は強くなるものだと思います。
情報が少ないと、人々は過剰な恐怖心を抱くことがあると思うのです。
そして情報を強く欲すると思います。

 また人間は恐怖心を抱いていると、悪い情報を信じやすい傾向があると感じます。
 それは生物として身を守る術の一つであるような気がします。
 生物は、危険を軽んじるより重く認識しているほうが、生き残る可能性が高いと思います。
 人間も生物ですので、『危険だ』と感じている時ほど、重く認識しようとする心理があるような気がします。
それは悪い情報を信じやすい心理に繋がっているような気がします。

 そしてそれは、デマが広まることに繋がるような気がします。
デマは多くの場合、広がる過程で“不確かさ”が取さられてしまうものだと思います。
 いつの間にか“確かなことだ”として広まってしまうことも多いと思います。
 またデマは往々にして、広がりながら大きくなるものだと思います。
『危険だ』と感じている時ほど、悪い情報を信じやすい心理的傾向が関わっているような気がします。

 時に、デマが状況を悪化させることもあると思います。
 またデマによって別の問題を起こすこともあると思います。
 それが悲劇的な事態を生むことがあると思います。
 疫病の場合、間違った情報によって感染が拡大することや、感染者に対する迫害や虐待やそれに類する行為が行われることなどが、挙げられると思います。

 現在、西アフリカを中心にエボラ出血熱の感染が広がっています。
西アフリカの感染拡大は、情報がなかったことによるところが大きいと感じます。
感染が拡大したことで、ようやく情報が伝わるようになったように感じられます。
ただ、情報が正しく伝わらないことも多いように思います。
それによる問題が起きているように見られます。

欧米では、西アフリカに比べると情報があると感じます。
 ただ人は情報に対して“これで十分”と感じることは少ないような気がします。
 エボラ出血熱に関しても、知られているようで、疑問を抱えている人も少なくないような気がします。

『防護服の着脱が規定通りじゃなかったっていうけど、それだけで濃厚接触になっちゃうの? 本当は簡単に感染しちゃう病気なんじゃないの』
『医療従事者はどうすれば感染するのか知っているはずでしょ。それでも感染しちゃうなんて、やっぱりエボラは怖いよ』

 疫病が蔓延すると、まず医療従事者が感染する、人類は何度もそれを経験してきたと聞きます。
 現在、エボラ出血熱の感染が広がっている地域で、医療に関わっている方たちは、その危険を背負って治療にあたり、感染拡大を抑えるために努力しているのだと思います。
 その人たちが帰国したとき、“犯罪者のようなあつかいを受けた”と感じられる接し方をすることは間違っていると思います。

 感染する病の治療に関わった人が、一定期間隔離されるのは、やむを得ないことだと思います。
 感染拡大を防ぐためには必要なことであり、現場で治療に関わった人も、国内で対応に当たっている人も、それを認識しているべきだと思います。
 感染している人が帰国した国で動き回ったという事実がある以上、どこかで認識不足があったのだろうと思います。
 またその事例があるため、言葉使いなど応対の仕方が“まるで犯罪者あつかい”になってしまうのかもしれません。
 
 一定期間隔離することはやむを得ないと思います。ただだからこそ、丁寧な対応が必要だと思います。
感染拡大地域に赴き、危険を背負って懸命の医療活動をしてきたのですから、敬意を払い紳士的に接するべきだと思います。
隔離されている間、精神的苦痛がないように、また暮しに不便がないように、配慮してしかるべきだと思います。