2013年12月22日日曜日

いつかのクリスマス



 彼女はバブルのころ、元旦に恋人と別れました。何ヶ月も前から彼との関係は、ギクシャクしていたのですが、それでもクリスマスまでは別れるわけにいかないと思っていました。
もし別れたら、クリスマスまでに新しい恋人とつきあうことなど出来ないだろうと思っていたのです。

彼に会っても腹立たしいことばかりで、もうお互いに好きでないと思うものの、それでも別れたら落ち込んでしまう、それは自分でもわかっていました。それでは新しい恋人など出来るはずがないことも。
それに『クリスマス前にあせって彼氏を作っても上手くいくはずがない。でもクリスマスに一人でいるなんて嫌だ。それにもしかしたらクリスマスをきっかけに二人の間もなにか変わるかもしれない』などと思っていました。

彼もクリスマス前に、別れ話を切り出すことはありませんでした。彼女と同じように考えていたのかもしれません。
結局、クリスマスは二人で過ごしたのですが、雰囲気は改善されませんでした。
むしろ無理して別れを引き伸ばしたのですから、彼に対する印象は悪くなる一方でした。
それでも、クリスマスイブの夜と、大晦日の夜だけは、恋人と一緒にいなければならないと、自分に言い聞かせるように付き合っていました。

そして元旦の朝、彼と別れました。
次のクリスマスまでに、新しい恋人を見つけなければなりません。それには、早く別れるのに越したことはなかったのです。

しかし、彼女は恋人が出来ませんでした。過去の恋愛を引きずっているわけではなく、また特に理由や原因に心当たりはないのですが、”縁がなかった”のだと思います。男性と交際に発展しませんでした。
その年のクリスマスは、女性の友人たちと居酒屋で過ごしました。みなが独り身であることを肴にして大いに盛り上がり、楽しみました。
その翌年も彼女は同じように過ごしました。

それは何年か続きました。彼女には恋人が出来なかったのです。
それでも、女性の友人たちと恋人たちをうらやみ、独り身を自虐することも楽しいクリスマスの過ごし方だと感じていました。
ただ宴会に参加する顔ぶれは年々変わっていきました。数年後、その宴会は催されなくなりました。

彼女はクリスマスを一人で過ごすようになりました。それでも寂しいとは感じませんでした。むしろ、心地いいような気がしました。
世間の人たちとおなじように恋人と過ごしたり、みんながやっているように一人であることを自ら虐めたり、多くの人たちに倣ってあえて寂しい気分に浸ろうとしたりすることに、飽きてきたような気がしたのです。

彼女はシャンペンより日本酒が好きですし、チキンよりもイカのゲソ揚げのほうが好きでした。そこでクリスマスは一人で、それを味わいながら、夜空を眺めていました。
特にクリスマスに反撥していたわけではありません。むしろ、クリスマスだから食べたいものを食べて飲みたいものを飲んだのです。

それがなんだかとても心地よく感じられました。自分なりにクリスマスを満喫しているような気分でした。
他人がみれば”寂しい”とか”つまらない”などというでしょうが、彼女にとっては最高のクリスマスでした。
恋人と別れてから10年間、彼女は異性と付き合うことはありませんでした。

その年の元旦、彼女の部屋に電話がかかってきました。10年前にわかれた彼からでした。付き合っていた当時、携帯電話はありませんでした。二人はポケベルで連絡を取り合っていたのです。
「ひさしぶり。正月なのに部屋にいるんだな」
「なによ。いきなりどうしたの?」
「いや、どうしてんのかなって思って」

二人には共通の友人がいます。彼女は別れたとあと彼のことを聞きませんでしたが、彼の方は彼女がずっと一人でいることを、その友人から聞いているのではないかと思いました。
「よりをもどそうっていうつもり? 遅すぎでしょ。普通そういう話は一年後、長くても三年後までってところよ。10年後に電話掛けてくるなんて、あなた相変わらず私がよっぽどもてないと思ってんのね。どうせ独り身の寂しさに付入ろうって魂胆でしょう」 
「ははは。そういうリアクションが来るって思ってたよ。まあ、そういうからには、今は一人なんだな」

「そうよ。あなたと別れてから10年間誰とも付き合っていないわよ。共通の友達がいるんだから聞いてるでしょ」
「いや、そんなこと聞かないよ。つうか、あいつは気をつかってお前の話題は出さないからさ」
「じゃあ、なんで電話なんてかけてくんのよ」
「ちょっと話がしたくなってさ」

「一人で年越してあんまりにも寂しいもんだから、手ごろな話し相手を探してるってわけ? そんなことに付き合わされたじゃ、迷惑なんですけど」
「そういうんじゃなくてさ、俺たちちゃんと別れていないような気がしてさ。つうかそれ以前に、ちゃんと付き合っていなかった。そんな気がすんだよ」

「だから? 今さら電話を掛けてきて、一体なにを話そうっての?」
「あの頃、頭にきていたこと」
「はあ? 改めて喧嘩しようっての? 10年ぶりに? なんでそんなことしなきゃなんないのよ」
「喧嘩になると思う? まあ喧嘩になったら、なったで、それでもいいんじゃない? 10年も連絡取ってなかったんだから、これからずっと話さなくなっても、なにも問題ないだろ。むしろ、やっと、ちゃんと別れたって気になれて、すっきりする」

「喧嘩するために10年ぶりに電話掛けてきたってわけ? それで10年ぶりに、ちゃんと別れようって? なんでわざわざそんなことしなきゃなんないのよ」
「いや俺はさ、昔の話をしても喧嘩にならないような気がするんだよね。もう10年も過ぎてるとか、お互い大人になったってだけじゃなくてさ。あの時は恋愛じゃなかったっていうか、お互いに好きでも嫌いでもないのに、ただ一緒にいようとしていただったような気がするんだ。だから結局二人とも、なにがなんだかわかんないけど相手に腹を立ててばかりでさ。今なら、それをちゃんと振り返れるって思うんだ」
「今、あのころの話をしても、頭にこない? 私もそうなのかな?」
「試してみりゃいいじゃん。会って話そうぜ」

今年のクリスマスも、ここ数年と同じように、彼女は彼と二人の間の子供たちと過ごす予定です。