2013年12月31日火曜日

どうやって決めるか



 民主主義の原則は多数決だといえるような気がします。
国という大きな集まりでは、多数決によって代表者を決め、その代表者による多数決で決める仕組みが取られているのだと思います。

代表者があまり少なくては、国民の意見をくみ上げて政治に反映させることが難しいと思います。そうなるとある程度の人数の代表者が必要だと思います。
ある程度の人数の代表者がいるとなると、全員が主張し、議論していたのでは、時間もかかりますし、なかなか話がまとまらないと思います。
そこで代表者同士で集団を作ることになると思います。

考え方が近い代表者がまとまって集団を作ることで、主張の方向性をまとめることになると思います。
議会は集団と集団の話し合いという形になると思います。話し合って最終的に多数決で決定するのだと思います。
そうなると、人数の多い集団の主張が通りやすいと思います。
一つの政党が圧倒的な議席数をもっている議会は、民主主義国家の政治としてあまり好ましい状態ではないと思います。
多数決では、その政党の主張がすべて通ることになると思います。それでは議会の意味が薄れてしまうような気がします。

そうはいうものの、民主的な選挙で一つの政党が議席を獲得したことは確かだと思います。
それにしても、選挙の時点ですべての政策を訴えていたわけではないと思います。選挙に不利になりそうなことは言いませんし、選挙のときとは情勢が変わり、主張が変わることもあると思います。
そうなると選挙結果はなにをしてもいいという”国民のお墨付き”ではないと思います。
年末年始で報道番組が目立たない時期です。また、今の経済の動きについては言いたいことが多々あるものの、景気は心理が大きく関わるため、口にすることを控えている人や、懸念を表すことを抑えている人もいるのではないかと思います。ただ、情報が溢れる現代では、数字は一瞬で大きく動くこともあると思います。

また二大政党制は、多様化し続ける現代社会に対応しきれなくなっていると感じます。大国では内政の混乱が、外的な存在感を低下させる要因になっていると見えることがあります。
この国でも国内の政治がごたごたして、外に関することに、時間と労力と神経を割くことが出来ず、存在感を一気に弱めた時期があったような気がします。
この国は20年たっても二大政党制が根付かなかったのですから、複雑になる一方の社会では、さらに適さないような気がします。

そんななか、今の政治にはやらなければならないことが多いと思います。
選挙制度改革と議員定数削減はその一つだと思います。
議員の数が勢力争いの道具となり、多数の新人が当選し、次の選挙でみな落ちるようなことが繰り返されるようでは、議員の数は減らしたほうがいいような気がします。
制度改革とは別々に取り組んでもいいと思いますが、どちらも難しいことですので、別々に取り組んでも、相当な手間と時間が掛かるような気がします。

すでに切羽詰ってきているような印象があります。
そうなると、ひっくるめて考えて、大きな改革として進めたほうがいいような気がします。小さな改革でも決めるのが大変なのですから、大きな改革をするとなると、急いで、また本気で取り掛からなければならないと思います。

選挙制度を大きく変えることは、国会のあり方を変えるかもしれませんので、非常に難しいことだと思います。そのような非常に難しいことを考えられる力をもつ政治家は多くないように感じられます。考えられる力ばかりが政治家に求められる資質ではないと思いますので、それ自体は仕方ないというかある程度は認めるべきだと思いますが、政治家だけではいくら話し合って、どれほど考えても、なかなかいい案は出ないのではないかと思います。
そのうえ、政治家にとって選挙制度は自身の有利不利に関わってきます。当然誰もが自分に有利になるような主張をすると思います。それでは、永遠に話がまとまることはないと思います。

選挙制度改革は、政治家ではない人たちによる知恵の出し合いが必要だと思います。
その人たちにも、利害や主張や持論があるでしょうし、決定するのは国会だと思います。
ただ、決めることが難しいとわかりきっているのですから、ではどうやって決めればいいのかを考えて取り組むべきだという気がします。
何もしていないようにいわれるのは、何もしていないように見えるからだと思います。何もしていないように見えるのは、何もしていないのと同じだといえる事柄があると思います。