2014年5月22日木曜日

「敵」 デズモンド・バグリイ著

 何度か書いていますが、僕は冒険小説が好きです。
 若いころあまり本を読まない友人と雑談をしているとき、小説が話題になったことがあります。
 確か僕が「冒険小説が好きだ」などと言ったのだと思います。その時、友人は“冒険小説”とは、秘境を探索して悪漢と戦うような物語や、お姫様を守る勇者が活躍する小説を思い浮かべたようです。
 それは僕が言いたかった冒険小説とは少し違っていました。
 僕が認識していた“冒険小説”は、推理小説や戦争・軍事・諜報を題材にした作品に、活劇の要素を取り入れた小説というものでした。

 友人は「冒険」という言葉から、秘境での宝さがしや、幻想の世界で騎士が活躍する話を連想したようです。
 そこで、僕自身冒険小説を読み始めたころには同じように感じていたことを思い出しました。私立探偵が活躍する小説を「冒険小説」と呼ぶことに、違和感のようなものがあったのです。
 それが何作も読んでいるうち、冒険小説は大人の主人公が事件や戦争や諜報活動で活躍する小説だと認識するようになりました。
 
 ただ、秘境の探検やお姫さまと騎士を描いた作品も “冒険小説”とされていることもあります。
考えてみれば、本来はそのような作品が冒険小説だったのかもしれません。調べていませんので、勘違いや認識不足があるかもしれませんが、そこに推理や戦争、軍事、諜報などを題材とした小説が加えられるようになったのかもしれません。
 僕は前者も後者も冒険小説は好きですが、後者の方が読む機会が多かったような気がします。そしてそれを“冒険小説”と認識するようなったのだと思います。

それと、僕は一つの小説を何回も読むことがあります。好きな小説は、無性に読みたくなることがあるのです。
また、初めて読んだときにあまり気に入らなかった作品を、改めて読んでみたくなることもあります。そのように読み返してみると印象や感想が変わることもあります。
ここでは「高い砦」「鷲は舞い降りた」「深夜プラスワン」などの“冒険小説”について何度も取り上げているような気がします。
この3作品は何度も読んでいますが、特に「高い砦」は本が随分と傷んでしまい、バラバラになりそうです。数えたことはありませんが、そのことから読む頻度が最も高い小説かもしれません。

 その「高い砦」と同じデズモンド・バグリイの著作に「敵」があります。
 この作者の作品はいくつか読んでいるのですが、そのどれかの解説に、著者自身が最高傑作だと考えているのが「敵」だと書かれていました。
 この小説を紹介する文章には、「作者自身の最高傑作」などと書かれているものが多いと思います。
 それを目にすると読んでみたくなるものです。そして若いころに読んだのですが、内容はまったく記憶に残っていません。
“作者自身が最高傑作だという小説を、僕はあまり気に入らなかった”そのことが記憶に強く残っています。
 そこで、いつか読みかえそうと思っていました。読みかえしてみると感じ方が変わるのではないかと考えたのです。
 
 お気に入りの小説を何度も読むことも、初めて読んだときにはあまり気に入らなかった作品を読みかえしてみることも、読書の楽しみ方の一つだと思います。
 僕が「敵」を読んだのは、随分若い時で、その時に一回だけです。
 今読んでみると、どのように感じるのだろうかと考えると、興味が湧いてきます。

 しかし『いつか読み返そう』と思いながら、なかなか手が出せませんでした。特に理由はないのですが、他にも読みたい本があるので、ずっと後回しにしてきたという感じです。
 先日ようやく「敵」を読んでみました。
この作品は諜報活動を描いた作品です。そのような物語は時代背景によって、設定や社会の雰囲気などが変わってくるものだと思います。この作品は1977年に発表され、日本では1986年に初版が出たようです。
つまり東西冷戦の最中です。

そのころの冒険小説の多くが、冷戦を背景にしていたような気がします。個人的な印象ですと、その時代のスパイ小説は、活劇の雰囲気が強いものと、それに反発するかのように現実味を強く感じさせる作品の二極的だったような気がします。
 そんな中で、「敵」は後者を目指しているように感じます。諜報活動を仮想し、現実味のある緻密なスパイ小説に仕上げようとしたという印象を受けます。結果的に諜報活動を題材とした冒険小説になったような印象があります。

機密の扱い方や、個人的な面での関わり方など、現実ではもっとずっと厳しいのではないかと思われる描写があります。現実味の強いスパイ小説や、この作品のずっと後に登場する軍事スリラーを読むとそう感じるのです。
また遺伝子研究やコンピューターなどに関することが描かれていて、それらについて随分と調べたのではないだろうかと感じます。

そのことからも、この小説は間違いなく力作だと思います。それを「最高傑作」という言葉で表したのかもしれません。